素直ってとても大事だと思います。
そこでも心理学者が言っているように、倫理観につながる。
素直な人は倫理観もちゃんと持ち合わせていて、それが会社やチームを引っ張っていくことができる。周囲からの信頼を得ることができる。
よく言うトランスペアレンシーのことのように思えます。
素直な人は裏がない。もちろん全てをさらけ出さないといけないわけではないが、ある意味、Brene Brown先生の言うところの「弱さ・Vulnerability」を受け入れている人でもある気がします。
ということは、本当の強さを持ち合わせた人。
自身ことをちゃんと知り、理解し、受け入れることができている人で、だからこそ周囲に愛情を与えることができる人。
ただ、「素直」といっても、深さがあり、何層ものレイヤーになっている感じがします。
深く素直な人は、自分を深く見て、知っている人。
それは結構難しいことです。
自分自身の中で受け入れたくないことはあるし、それらは受け入れたくないものだから、気づくこともできなかったりします。
気づいていないから、それは存在しない、ということではないですからね。
そこで、自分自身に愛情を向け、優しくなり、余裕を与えることで、少しづつ知り、認めて行くことができて、さらに素直さや、弱さの受け入れ(Vulnerability)が進み、その人自身のトランスペアレンシーも増す、のではないかと考えます。
そこまで行くには日々精進です。
毎日の努力、発見・気づき、意識を続かせることが必要になります。
そして、何よりも、できなかった日に自分に優しくなれること。
できなかったことを受け入れ、よく知り、甘やかすのではない優しさを自身に向ける。
それは、苦しさから逃げるためにする優しさ・甘やかしではなく、真逆である、苦しさをそのまま素直に味わって、その自分の痛みを知って、自身に優しさをむける行為です。
痛みを大きくも小さくもしない、苦しみは苦しみとして味わう。それはそこに否が応でも存在する。
いつもクライアントさんに言う、「1の痛みは消えない。でも、その痛みを1でとどめておくことはできる。ただ、人がついしてしまうのは、その1でしかない痛みを100にも1000にもしてしまうこと。」
ただ、その痛みであったり、不快感であったり苦しさをただ、ありのまま、そのままを感じる、受け入れるということ。
これは苦しいことだけではなく、嬉しいことに対しても同じ。それをそのまましっかり味わい、感じて、受け入れる。
これがマインドフルネス。
マインドフルネスがあっての自分自身へのやさしさを向ける行為が意味があります。
これを実践していくことで、さらに自分を知り、受け入れることができる。
自分のリミットを知ることで、リミットレスになる。
こういうパラドックスは実体験しないとわかりません。
私の話す、トランスペアレンシー、弱さの受け入れ、素直さ、素直のレイヤー、自身への優しさ、倫理観、というのは実践していかないとピンと来ないものだと思います。
そう考えると実践できる場をもっと作っていこうという気になりました。
瞑想グループ始めるぞ!
結局落ちがそこになってしまいました。
ここに書いたことをじっくり多くの人に感じてもらいたい、と思っています。
素直な人は裏がない。もちろん全てをさらけ出さないといけないわけではないが、ある意味、Brene Brown先生の言うところの「弱さ・Vulnerability」を受け入れている人でもある気がします。
ということは、本当の強さを持ち合わせた人。
自身ことをちゃんと知り、理解し、受け入れることができている人で、だからこそ周囲に愛情を与えることができる人。
ただ、「素直」といっても、深さがあり、何層ものレイヤーになっている感じがします。
深く素直な人は、自分を深く見て、知っている人。
それは結構難しいことです。
自分自身の中で受け入れたくないことはあるし、それらは受け入れたくないものだから、気づくこともできなかったりします。
気づいていないから、それは存在しない、ということではないですからね。
そこで、自分自身に愛情を向け、優しくなり、余裕を与えることで、少しづつ知り、認めて行くことができて、さらに素直さや、弱さの受け入れ(Vulnerability)が進み、その人自身のトランスペアレンシーも増す、のではないかと考えます。
そこまで行くには日々精進です。
毎日の努力、発見・気づき、意識を続かせることが必要になります。
そして、何よりも、できなかった日に自分に優しくなれること。
できなかったことを受け入れ、よく知り、甘やかすのではない優しさを自身に向ける。
それは、苦しさから逃げるためにする優しさ・甘やかしではなく、真逆である、苦しさをそのまま素直に味わって、その自分の痛みを知って、自身に優しさをむける行為です。
痛みを大きくも小さくもしない、苦しみは苦しみとして味わう。それはそこに否が応でも存在する。
いつもクライアントさんに言う、「1の痛みは消えない。でも、その痛みを1でとどめておくことはできる。ただ、人がついしてしまうのは、その1でしかない痛みを100にも1000にもしてしまうこと。」
ただ、その痛みであったり、不快感であったり苦しさをただ、ありのまま、そのままを感じる、受け入れるということ。
これは苦しいことだけではなく、嬉しいことに対しても同じ。それをそのまましっかり味わい、感じて、受け入れる。
これがマインドフルネス。
マインドフルネスがあっての自分自身へのやさしさを向ける行為が意味があります。
これを実践していくことで、さらに自分を知り、受け入れることができる。
自分のリミットを知ることで、リミットレスになる。
こういうパラドックスは実体験しないとわかりません。
私の話す、トランスペアレンシー、弱さの受け入れ、素直さ、素直のレイヤー、自身への優しさ、倫理観、というのは実践していかないとピンと来ないものだと思います。
そう考えると実践できる場をもっと作っていこうという気になりました。
瞑想グループ始めるぞ!
結局落ちがそこになってしまいました。
ここに書いたことをじっくり多くの人に感じてもらいたい、と思っています。
2 件のコメント:
絵里さん ブログ楽しく読ませて頂いています。コウジと申します。
“素直”にはまさに僕が今チャレンジしていることについて簡潔にわかりやすく書いてあって、感動してしまいました。
>自分自身に愛情を向け、優しくなり、余裕を与えることで、少しづつ知り、認めて行くことができて、さらに>素直さや、弱さの受け入れ(Vulnerability)が進み、その人自身のトランスペアレンシーも増す、のでは>ないかと考えます。
この辺りは本当に共感してPCに向かって深くうなずきながら読んでいました。
僕はこれまで、素直とは正反対の生き方をしてきました。自分に厳しくいつも余裕がなく、完璧主義で自分の弱さを無視し、人に壁を作って生きてきました。今年VipassanaとKristine Neffのself-compassionに出会い、自分が少しずつ変わってきているのを感じます。
これからもブログ楽しみに読ませていただきます。
コウジ
こちらのコメントもありがとうございます。
いろいろなことを書いていきたいな、とさらに励みになりました。
返事が遅くて、気づいてもらえるかわかりませんが、改めまして、ありがとうございます。
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