そういうときの壊れ方といい、見失い方といい、本当にこれで心理学者として偉そうにクライアントさんを抱えて生きていっていいのだろうかと、ネガティブ思考に陥ってしまうくらい、結構な酷い精神状態になってしまいます。
運動をしたりすると落ち着くのですが、なぜかこの日は走りに行ったのにも関わらず、天気なのかなになのか、もちろん思い当る出来事もあるのですが、それにしても信じられない情緒不安定さとコントロールのできなさでさらに落ち込みを感じてしまいそうな状態。
普段、自分自身だけでなくクライアントさんにもよく言っている対処法を自らしていてもどうにもならない状態で、久々に一瞬落ちていました。
普段の対処法はとにかく素直にその状況を見つめる、知るということ。
何が起こっているのか、どんなことを考えるのか、どんな気分なのか、などをとにかく素直に批判批評することなくみつめてみる、というのが対処法。
その基準として、以下の4つのポイントで見つめてみることを教えていて、それを自分でも実践しています。
*感情、気持ち
どんな気分なのか、嬉しいのか悲しいのかイライラするのか怒っているのか、などなど。
*考え、思考
どんなことを考えていて、どんなセンテンスや説明が頭の中でめぐっているのか
*体の反応、身体的な変化
体に実際にどんな感覚があるのか。手に汗握る、寒い、熱い、などなどの実際に体に起こっている変化に気が付く
*行動
どんな行動をとっているのか。電話したり、何かを食べる、寝るなどなど。
とにかく、これらの視点で観察してみて、そこで気が付いたものに対して批判したりせずに、ただ感じる。
これをしてもどうにも落ち着かなくて、さらにイライラだったり悲しさだったり感情のジェットコースター(ローラーコースターの方がしっくりくる。。。)状態でした。
よく友達が、生理前だからこんなんになるんだ、と気が付いただけですっと落ち着いて、感情のむちゃくちゃさがなくなる、と言っているのですが、この時はそんなことは起こりやしない。
気づきだけじゃどうにもならないし、解決にならない。
さらに気持ちが悪化するし、悪化している自分にもしっかり気が付いているから余計に辛く、こんなのじゃ嫌な思いだけが続いて、これを我慢することを覚えないといけないのか、と深い疑問も湧いてきて、さらに調子が悪く、開き直りそうになっていました。
泣くはわめくはの大騒ぎ状態。
もちろん一人で家で声をだして泣いて、「うわぁーーー」となっていました。
それでも落ち着かない。
こりゃだめだ、なんなんだ?今まで私が信じてきたものは間違いなのか?
誰もこんなんじゃ癒されないじゃないかー、と思っていた時に再度トライ。
自分の苛立ちや悲しさに素直になり、気が付く。
そこで気が付いたのが、まだまだそんな感情(ネガティブ)に抵抗している自分。
気が付いただけでいいじゃないか、と全く自分のネガティブな感情だったり浮き沈みを受け入れ、許すということもせず、ほぼ回避、抵抗するように水に流したい自分を発見したのです。
「私は怒っている」
「私はイライラしている」
「私は全てが不公平だと信じている」
「私は自分が素晴らしいと信じたいが、信じられない状態で、弱っている」
「自分がろくでもない人間だと思っている」
「そんなひどい人間だと思いたくないと思っている」
「いろいろなことが信じられないし受け入れられないでいる」
どんどん出てくる考えを一つ一つ、そうね、そう感じているのね、と気が付き、受け入れてみました。
そんなダメな人間で私はいいんだ、と許しながら。
「受け入れる、認める」という部分を飛ばしていたんですね。
気が付いて、受け入れて、認めて、それを自分のものとしてしっかり抱きかかえて、自分自身にそれでいいんだよと言ってあげる。自分自身を許す。
甘やかす気持ちで許すのとは違って、しっかり観察し、気が付き、素直にいいところも悪い、嫌なところも自分にあるんだな、と認めた上で「許す」から意味があるのです。
そうしたら、本当に自分がちゃんと愛おしく思えて、Self-Compassionをすーっと実践でき、視界がどんどんクリアになっていきました。
クリアになるだけでなく、今までどうしても許せないとか変えられないと感じていたことが全て、なんでそんなに抵抗してたんだろう?と疑問に感じるほど楽に。
抵抗するほど自分って自分を守るのに必死で、さみしくて、愛されたいんだな、ともっと気が付いて、心はどんどん軽く広くなっていく感覚を感じていました。
そうなるといろいろなところでの疑いが消えていき、自然とポジティブに。
クリアに、詳細に及ぶポジティブ想像ができてしまう。
想像というよりも、そうなると信じてまるで予測しているかのよう。
まだまだ安定した感覚にはなっていない気がしますが、これは素晴らしい発見で、意味ある体験でした。
これでもっとセラピストとしての仕事に自信が持てます。
毎月行っているグループの次の4月のテーマは「人間関係における愛着・執着」。
このアタッチメントをマインドフルネスを使って見つめてみて、自身を解放していきましょう、という会になります。
まさしく、その時のために今体験したのではないか、と思えるほどタイミングが良かったです。
次のグループが楽しみです!
普段、自分自身だけでなくクライアントさんにもよく言っている対処法を自らしていてもどうにもならない状態で、久々に一瞬落ちていました。
普段の対処法はとにかく素直にその状況を見つめる、知るということ。
何が起こっているのか、どんなことを考えるのか、どんな気分なのか、などをとにかく素直に批判批評することなくみつめてみる、というのが対処法。
その基準として、以下の4つのポイントで見つめてみることを教えていて、それを自分でも実践しています。
*感情、気持ち
どんな気分なのか、嬉しいのか悲しいのかイライラするのか怒っているのか、などなど。
*考え、思考
どんなことを考えていて、どんなセンテンスや説明が頭の中でめぐっているのか
*体の反応、身体的な変化
体に実際にどんな感覚があるのか。手に汗握る、寒い、熱い、などなどの実際に体に起こっている変化に気が付く
*行動
どんな行動をとっているのか。電話したり、何かを食べる、寝るなどなど。
とにかく、これらの視点で観察してみて、そこで気が付いたものに対して批判したりせずに、ただ感じる。
これをしてもどうにも落ち着かなくて、さらにイライラだったり悲しさだったり感情のジェットコースター(ローラーコースターの方がしっくりくる。。。)状態でした。
よく友達が、生理前だからこんなんになるんだ、と気が付いただけですっと落ち着いて、感情のむちゃくちゃさがなくなる、と言っているのですが、この時はそんなことは起こりやしない。
気づきだけじゃどうにもならないし、解決にならない。
さらに気持ちが悪化するし、悪化している自分にもしっかり気が付いているから余計に辛く、こんなのじゃ嫌な思いだけが続いて、これを我慢することを覚えないといけないのか、と深い疑問も湧いてきて、さらに調子が悪く、開き直りそうになっていました。
泣くはわめくはの大騒ぎ状態。
もちろん一人で家で声をだして泣いて、「うわぁーーー」となっていました。
それでも落ち着かない。
こりゃだめだ、なんなんだ?今まで私が信じてきたものは間違いなのか?
誰もこんなんじゃ癒されないじゃないかー、と思っていた時に再度トライ。
自分の苛立ちや悲しさに素直になり、気が付く。
そこで気が付いたのが、まだまだそんな感情(ネガティブ)に抵抗している自分。
気が付いただけでいいじゃないか、と全く自分のネガティブな感情だったり浮き沈みを受け入れ、許すということもせず、ほぼ回避、抵抗するように水に流したい自分を発見したのです。
「私は怒っている」
「私はイライラしている」
「私は全てが不公平だと信じている」
「私は自分が素晴らしいと信じたいが、信じられない状態で、弱っている」
「自分がろくでもない人間だと思っている」
「そんなひどい人間だと思いたくないと思っている」
「いろいろなことが信じられないし受け入れられないでいる」
どんどん出てくる考えを一つ一つ、そうね、そう感じているのね、と気が付き、受け入れてみました。
そんなダメな人間で私はいいんだ、と許しながら。
「受け入れる、認める」という部分を飛ばしていたんですね。
気が付いて、受け入れて、認めて、それを自分のものとしてしっかり抱きかかえて、自分自身にそれでいいんだよと言ってあげる。自分自身を許す。
甘やかす気持ちで許すのとは違って、しっかり観察し、気が付き、素直にいいところも悪い、嫌なところも自分にあるんだな、と認めた上で「許す」から意味があるのです。
そうしたら、本当に自分がちゃんと愛おしく思えて、Self-Compassionをすーっと実践でき、視界がどんどんクリアになっていきました。
クリアになるだけでなく、今までどうしても許せないとか変えられないと感じていたことが全て、なんでそんなに抵抗してたんだろう?と疑問に感じるほど楽に。
抵抗するほど自分って自分を守るのに必死で、さみしくて、愛されたいんだな、ともっと気が付いて、心はどんどん軽く広くなっていく感覚を感じていました。
そうなるといろいろなところでの疑いが消えていき、自然とポジティブに。
クリアに、詳細に及ぶポジティブ想像ができてしまう。
想像というよりも、そうなると信じてまるで予測しているかのよう。
まだまだ安定した感覚にはなっていない気がしますが、これは素晴らしい発見で、意味ある体験でした。
これでもっとセラピストとしての仕事に自信が持てます。
毎月行っているグループの次の4月のテーマは「人間関係における愛着・執着」。
このアタッチメントをマインドフルネスを使って見つめてみて、自身を解放していきましょう、という会になります。
まさしく、その時のために今体験したのではないか、と思えるほどタイミングが良かったです。
次のグループが楽しみです!